大判例

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東京高等裁判所 昭和37年(う)1735号 判決 1963年1月21日

控訴人 被告人 山副博士 他一名

弁護人 柳田貞吉 他一名

検察官 屋代春雄

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、被告人山副博士の弁護人柳田貞吉提出の控訴趣意書および被告人斎藤英美の弁護人水谷昭提出の控訴趣意書に、それぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

弁護人柳田貞吉の控訴趣意第一点(事実誤認の主張)について

通貨及証券模造取締法第一条にいわゆる紛わしき外観を有するものとは、同条所定の貨幣、政府発行紙幣、銀行紙幣などの外観を模擬したものをいい、その模擬の範囲は、表裏全体にわたることを要せず、また真物と区別するのに多少の困難を感ずる程度において真物に近似することを必要とするものではないから、単にその表面を模擬し、かつ容易に真物と区別し得べきものを製造したときであつても、模造をしたというのに何らの妨げはない。けだし、同法において、通貨および証券に紛わしい外観を有するものの製造を禁止する所以のものは、かかる模造行為は、刑法に規定された通貨および有価証券偽造罪を構成する程度には達しないけれども、なお、通貨および証券に対する社会の信用を害するおそれがないとはいえないからである。(昭和四年(れ)第六一三号同年七月一七日大審院第三刑事部判決刑集八巻四〇五頁等参照)。

原判決の認定した事実によれば、被告人山副は菓子「天の川」の宣伝のため日本銀行発行の一万円紙幣を模擬した広告物を印刷して頒布しようと考え、同被告人、被告人斎藤の両名は、日本銀行発行の一万円紙幣に紛わしいものを製造することを共謀の上、いずれもB版用紙に、昭和三六年二月一三日頃、表面は日本銀行の一万円紙幣と同型、同図型で、上部に天の川銀行券、下部に天の川銀行その横に円形で天の川之印と記載し、下部に余白を附し熱海名物天の川と記載し、裏面には娘の写真を入れ、漫画天の川の宣伝文句を書いた日本銀行発行の一万円紙幣に紛わしい外観を有する聖徳太子像入のもの(以下これを聖徳太子像入のものという。)約五〇、〇〇〇枚を製造し、他の一種類は、同年二月二四日頃、表面は日本銀行発行の一万円紙幣と同型、同図形で上部に天の川銀行券、下部に天の川銀行、その横に円形で天の川之印と記載し、聖徳太子像入の部分にマネキン娘の写真を入れ、裏面には娘の写真を入れ、漫画、天の川の宣伝文句を記載したマネキン娘入のもの(以下これをマネキン娘入のものという。)約五〇、八二〇枚を製造したというのであつて、いやしくも日本銀行発行の一万円紙幣を模擬したものである以上、たとえその紙質、形状、色彩様式、などに真物との間に多少の差異があり、裏面は、全く真物と相違する場合であつても、通貨及証券模造取締法第一条にいわゆる銀行紙幣に紛わしい外観を有するものを製造したものに該当するといわなければならない。

そして、原判示事実は被告人山副、回斎藤両名の製造した聖徳太子入のものとマネキン娘入のものは、いずれも一万円の日本銀行券に紛わしい外観を有するものであり、被告人山副において、本件の所為につき犯意のあつた点をも含めて、原判決挙示の証拠により十分認めることができる。

以上のとおり、原判決には、所論のような事実誤認は存しないから、論旨は理由がない。

原判決は、本件各一万円の模造紙幣の紙質は、いずれもB型用紙であるとし、聖徳太子像入のものについては、「表面は日本銀行発行の一万円紙幣と同型、同図型で上部に天の川銀行券下部に天の川銀行、その横に円形で天の川之印と記載し、下部に余白を附し、熱海名物天の川と記載し、裏面には娘の写真を入れ、漫画、天の川の宣伝文句を書いた」ものである旨を表示し、マネキン娘入のものについては、「表面は前同様一万円紙幣と同型、同図形で上部に天の川銀行券、下部に天の川銀行、その横に円形で天の川之印と記載し、聖徳太子像の部分にマネキン娘の写真を入れ、裏面には娘の写真を入れ、漫画、天の川の宣伝文句を記載した」ものである旨を表示し右両者はいずれも日本銀行発行の一万円紙幣に紛らわしい外観を有するものであることを判示しており、通貨及証券模造取締法第一条にいわゆる紛はしき外観を有するとは、色彩、形状などにおいて、その物を模擬することをもつて足り、必ずしも普通の知識を有する者が、その鑑別を誤るようなものであることを要しないから(大正一五年(れ)第六三八号同年六月五日大審院第四刑事部判決、刑集五巻二四一頁、前記昭和四年七月一七日同院第三刑事部判決参照)所論のように寸法、文字、地紋の模様などの表示が判文に欠けていたからといつて、訴因の特定、区別がなされていないものとはいえない。

(その余の判決理由は省略する)

(裁判長判事 小林健治 判事 遠藤吉彦 判事 吉川由己夫)

弁護人柳田貞吉の控訴趣意

第一点(一) 判示事実は被告山副博士と同斎藤英美とが共謀し壱万円の日本銀行券に紛わしい外観を有する宣伝用印刷物を製造したと云うことであるがこの認定は誤認でありその印刷物は判示証拠物の通りであるがその紙質、紙形、紙彩、図柄、表裏の宣伝書画等真物と全く異つて居り天の川宣伝広告用のチラ紙であることは何人も一見し直に認知せらるゝ程度のものであり決して紛らわしき外観を有するものではない。即ち(1) 表面上部に天の川銀行券、下部に天の川銀行、その横に円印で天の川之印と明記されてあり、右側には天の川と染出した前掛け姿のマネキン娘の像又は粗末な聖徳太子像を配して居り、紙質も図柄も粗悪であり紙彩は真物の薄白に対し、之は濃樺であり、紙形も太子像のものは下部に余白を附しこれに熱海名物天の川と明記されてある、(2) 裏面には全部天の川の宣伝文字とマネキン娘の写真と漫画である、(3) この紙面に壱万円と横書されているだけのものであり全体としてユウモアーの広告でありこれを手にして微笑を感ずる程度のものであるのである。

(二) 本法第一条において通貨及証券と紛わしき外観を有するものの製造を禁止したのは通常取引における通貨の信用を保持し取引の安全を期せんが為めであるからその趣旨に従つていかなる程度のものを取締るべきかを決定すべきであり、仮りに一少部分紛わしい程度のものを悪用し詐欺行為がなされたとするもこれを以て直に紛わしき程度が一少部分でもよいと云うことにはならない。相当因果関係ありや否やの問題であるから、それによつて通貨及証券自体の信用を失墜し取引の安全を必ずしも阻害するものでないからである。然るに原審がその程度の限界をあやまり妄りに本条を適用した結果その反面において憲法が保証せる国民の権益を侵害するに至つて居るのである元来本法は明治二十八年の法律であり文化低級なりし当時の社会状態においては通貨偽造罪の外に本法を以て取締る必要があつたのであろうが新憲法時下の現代においては文化の向上、人権、自由の尊重等の観点と相まつて本法による取締を必要としなくなつたのである。されば起訴事件も尠なく判例も二三あるに過ぎない。その論旨はいずれも時代後れのものであり、現代社会を律すべきものではない。原審でこれを援用した検察官の意見は時代錯誤でありこれを採用した原判決も同断であり失当であり遺憾である。

(三) 被告山副は天の川本舗の代表者であり営業発展のため効果的の宣伝広告を研究していたところ有力なる銀行、証券会社、映画会社その他において紙幣類似のチラ紙やビラが使用され効果を上げて居ることを知り、これをまねるに至つた次第であるが紛わしき外観を有せざる様充分注意し努力したのであり(前項(一)参照)この事実は犯意なき立証ともなり、犯意なくば犯罪の共謀も共犯もあり得ない。又山副被告は注文者であり製造行為者でないことは証拠の標目における各供述書記載により明白であるから原審が山副を製造行為者であり共犯者であると為したるは判決に影響を及ぼすべき重大なる事実の誤認であり不当である。

(その余の控訴趣意は省略する)

弁護人水谷昭の控訴趣意(理由不備の主張)

第二点原判決は理由不備の違法があり破棄を免れない。

(1)  聖徳太子像入りのもの

原判決は犯罪事実において「前者を截断させ、もつて日本銀行発行の一万円紙幣に紛らわしい外観を有する聖徳太子像入りのもの約五万枚を製造し」たと判示するが、その表現自体では何れの点が紛らわしい外観なのか明瞭でない。わずかに版下デザインの作成について「表面は日本銀行発行の一万円紙幣と同形同図形で上部に天の川銀行券、下部に天の川銀行その横に円形で天の川の印と記載し、下部に余白を附し熱海名物天の川と記載し裏面には娘の写真を入れ、漫画、天の川の宣伝文句を書いた版下デザイン一枚を作成させ」たと判示している(後にも先にも本件犯罪客体の外観についての表現はこの部分以外にない)が、「天の川銀行券」、「天の川銀行」、「円形の天の川之印」特に「下部に余白を附し熱海名物天の川の記載」等の図柄は、紛らわしい外観でなくして、かえつて紛らわしさを打消す外観を有する要素であつて、まして裏面の「娘の写真」「漫画」「天の川宣伝文句」等は更に紛らわしさを打消す材料であつて構成要件たる「紛らわしい外観を有する」との理由説明にならない。尤も、右表現以外に「日本銀行発行の一万円紙幣と同形同図形」との理由説明があるが、これだけでは全く漠然たる抽象的表現であつて、例えば仮りに真赤な色で印刷されておれば如何にいつても紛らわしいといえないし、図形の描写如何で同様紛らわしさが失われる場合があるから、被告人において防禦抗弁をするだけの訴因の特定区別(即ち、紙質、寸法、文字地紋の模様、色彩、印章、記号等の表現)がなされていないものというべく、結局、理由不備の違法が免れない。

(2)  マネキン娘写真入りのもの

これも前記と同様「後者の截断をさせ、もつて前同様一万円日本銀行券に紛らわしい外観を有するマネキン娘入のもの約五〇、八二〇枚を製造した」旨判示するが、何れの点が紛らわしい外観なのか理由不明である。ただこれも版下デザイン作成に関し「表面は前同様一万円紙幣と同形同図形で上部に天の川銀行券下部に天の川銀行その横に円形で天の川の印と記載し聖徳太子像の部分にマネキン娘の写真を入れ、漫画、天の川の宣伝文句を記載した版下デザイン一枚を作成させ」たと判示しているが前記(1) に述べたと同様(特に聖徳太子像部分にマネキン娘の写真を入れたことは人目を引きやすく紛らわしさを減少させる効果を有する)理由不備の違法がある。

(その余の控訴趣意は省略する)

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